急激な気温上昇にうなだれる。すると草木が蒼い炎のごとく、ゆらゆらと。

デモ音源製作作業に向けアレンジを脳内イメージ。ドラムトラックの打ち込みにAI使う方法って?調べてみよう、逐一入力するのは面倒だ。

異常に効きすぎた冷房、都電荒川線車中にて記す。

低気圧不調。「まだ誰もやっていない音楽をやりたい」。おとなしく数日前の夕刊を読んでいたら大貫妙子(70)のインタビュー。「そもそも日常に音楽なんて必要ないのではないか」「音楽より生活ノイズの方が耳に心地よく感じる」「今の音楽を聴いても幸せ感を得られない」「隙間があるとすぐに情報を突っ込もうとするような主張の強い音楽はもういいや」「今聴きたい音楽を自分で作る、そういうものがあるような気がしてならない」

午後、中野で師匠とセッション。終了後、隣のスタジオで新曲のメロとバッキングコードをFIX。しばらくはPOPな曲ばかり作って誰かに歌って貰おうかなんて思っていたんだけど、今回はeelleな作品。来週から再びデモ作成に取り掛かる予定。

午後、仕事を抜け出し慶應病院。先ずは遮音性高そうな部屋で聴力検査、それから診察。外耳道にカメラを入れて鼓膜とツチ骨を観察、状態は非常に良いそうだ。続いて検査結果を確認、手術した右は前回から1,000hzあたりが若干Upしているが、他の周波数帯はほとんど変動なし。逆に左の低域がちょっと落ちている、なんてこったい。O医師によると、聴こえ方に違和感だらけなのは新しい聴こえ方にまだ脳が慣れていないから、慣れれば緩和される、それにはまだまだ時間が掛かるだろうとのこと。最後に次回9月の予約を入れ、雨降りしきる信濃町を後にする。

小さめの音で音楽を聴き続ける(聴こうとする)と聴力Upに役立つらしい。今はぐにゃぐにゃな音程、いずれは脳内調律されるのだろうか。

仄暗い路地の蛍光灯、死のようにひっそりとした都市の深淵。胸腔にある憂いが疼き始める時。

仕事に逐われ、年波に呑まれ。流れる時間を許してやる日々。

2月に手術した右耳、今も聴力が変動しているような気がする。しかし聞こえ方はまだまだ不十分、今週末予定している検査がどのような結果になるのか心配。

(100%聴けないので)音楽を聴く時間は減っているが、それを頭の中で考える、イメージする時間がものすごく増えている。音楽的には転機なのかもしれない。